S30Z
高校生のアキオとその友だちは、ナンパして誘った女を愛車Z31に乗せ湾岸を走っていた。
すると偶然ブラックバードに遭遇する。
ブラックバードとは、湾岸ミッドナイトの準主役ともいえる存在で、湾岸の黒い怪鳥と呼ばれる伝説のポルシェ乗りのことだ。
そんなブラックバードにあっさりとちぎられるアキオ。
首都高スペシャルであるポルシェと、数々の修羅場をくぐってきたブラックバードの組み合わに、ナンパ仕様のアキオとZ31が勝てるはずもなかった。
これが二人のファーストコンタクトなるのだが、ナンパデートをしていたアキオもチャラいが、隣に女を乗せていたブラックバードもチャラい。
キャラ設定がまだ定まっていなかったのか、シャコタンブギの楠みちはるが、周りに求められているものだったのか、物語全体としては硬派なキャラクターの二人だが、初期に登場するアキオもブラックバードもそれとはずいぶんと印象が違う。
ブラックバードにあっさりと負けたことを、Z31の面倒みてくれている車屋のコウちゃんに愚痴るアキオ。
コウちゃんはアキオに、解体所でZ31の事故車が入っていることを話す。
アキオは学校をサボり、Z31のパーツ取りのため解体所に向かった。
そこで、フェアレディZの初期型S30を目にする。
目当てだったZ31には見向きもせず、アキオはそのボロボロのS30Zが気になって仕方がない。
よく見ると、エンジンをL28に乗せ換えたツインターボで、足回りもしっかりと組まれている。
元々5ナンバーの車体には、3ナンバーがつけられていた。

湾岸ミッドナイト VOL.1
車検証を見ると、「カイ(改)」の文字があった。
車体の改造が、公認であることを示していた。
そしてオーナーの名前のところに”アサクラアキオ”の文字が。
アキオと同姓同名だった。
これは単なる偶然か。
引き寄せ合うかのようなアキオとS30Z。
作者の楠みちはる氏は、本気で走っている車は佇まいから違うといった表現を後々するようになるのだが、間違いなくこの時のZにも、そんな雰囲気があったはずだ。
アキオはその場で欲しがるのだが、解体屋は譲ることを拒む。
このZは事故車で、それも一度や二度ではない。
オーナーが変わる度、事故を重ねている。
その中には主人公アサクラアキオと同姓同名のアサクラアキオもいた。
この車を解体所に持ってきた者が誰なのかは描かれていないが、30Zに関わっているだろう何者かが
「絶対にスクラップにしてくださいよ お願いします…」
と、解体屋に頼んでいるシーンがある。
日本人は無神論者が多く、目に見えないものは概ね信じない。
かと思えば、参拝をし、パワースポット巡りをする。
縁起がいいわるいなんてことも気にする。
当然人が死んだ車に乗るなんてとんでもない。
霊も呪いも存在しない。でもなんか怖いし嫌だ。というのが我々日本人の感覚であり、モノを純粋にモノと割り切って付き合えるほどドライにはなれない。

湾岸ミッドナイト VOL.1
であるが、アキオは周りの反対も聞かずにスクラップ直前のいわくつきS30Zを手に入れた。
ナンパもできない2シーターのそれは、アキオを走りに夢中にさせていった。
以前からこのZを知っている湾岸の走り屋たちにとっては、夜な夜な現れるアキオのZがまるでユウレイみたいに不気味だった。
ミッドナイトブルーのバカっ速の3ナンバーのS30Zなんて、この世に二台とないだろうから。
ある日、アキオは湾岸でブラックバードと再び遭遇する。
ブラックバードは、初代(?)オーナーのアサクラアキオと走り仲間だったりするのだが、そのあたりの話は原作を読んでいただくとして、とりあえずアキオはこの時に大きな事故を起こす。
Zがアキオを裏切ったのか。といった問も本作の中で見受けられるが、この頃の楠みちはるは、アキオの運転を事故ってもおかしくないぐらい荒っぽく描いている。
物語の方向性がブレているのではないかとの心象を受けてしまった。
湾岸ミッドナイトの続編にあたる『湾岸ミッドナイト C1ランナー 12巻』のあとがきで、楠みちはる自身が語っているのだが、湾岸ミッドナイトのはじまりは、ヤンマガとの専属契約も人間関係も切って、スピリッツで連載をスタートしたらしい。
湾岸ミッドナイトの連載は、三週一話完結の年三回ペース。
だけど、二話で終わってしまう。
つまり、この見出しで紹介しているS30Z編と、次の見出しで紹介する零奈編で一旦終了してしまったということになるのだろう。
その後、ヤンマガ編集長に頭を下げ、ヤンマガで連載を再開した。
そのあたりの事情と照らし合わせると、キャラ設定が定まっていなかったり、方向性がブレていたりすることの説明もつく。
事故後、コウちゃんはアキオに言った。
「このZは直せない このZは忘れろ」と。
アキオは昼夜問わずバイトに明け暮れる。
その金でZのパーツを買い、仕事終わりにガレージにこもって徹夜で組む。
若さという貴重な時間のすべてを、Zのために使う。
私は、なぜだかこのシーンに儚さを覚えてしまう。
合理的に考えてしまうと、とても無断に思える行為だからだろうか。
でもそれは同時に美しくもある。
プロのレーサーあたり目指してるならともかく、そうじゃないなら車なんかに金や時間をかけてなんの意味がある?
しかも悪魔みたいな車なんでしょ。
こんな馬鹿げたことするくらいなら、大学でも目指したほうがいいでしょ。
バイトで稼いだ金を貯金したら、役に立つかもよ。
どうせやるならもっと金をかける価値のある車にしなよ。
つまらない大人になってしまった私は、彼に向かってそう言うかもしれない。
だけど意味があるかないかだとか、役に立つのか立たないのかって、そんな大事なことなのだろうか。
なんでも合理的に処理してしまうと、好きがわからなくなる。自分がみえなくなる。
アキオは言う。
「たとえ悪魔でもコイツがいい。」
彼にはそれがすべてなんだ。

湾岸ミッドナイト VOL.1
ついにアキオは、自分だけの力で悪魔のZを直し、再び走りだす。
走り続けることにこそ、意味があると信じて。
だが…
ブラックバードと走る首都高速湾岸線。
アキオの駆る悪魔のZは、またもや壁面に突き刺さった。
軽傷で済んだアキオは、Zと共に湾岸に戻ることを誓った。
ここまでが、アキオと悪魔のZの序章である。
物語の中心人物であるブラックバードが最初から登場し、湾岸ミッドナイト全編で見受けられる一台の車に対する強い執着心ともいえるこだわりはすでに存在している。
何を選ぶのか。自分は一体何が好きなのか。
それがこの物語で、時々問いかけられるメッセージだ。
零奈

湾岸ミッドナイト VOL.1
CMで話題のモデル出身の秋川零奈。
仕事終わりにスカイラインGTRを駆って湾岸にでるのが日課になっている。
仕事に差し支えるからとマネージャーに心配されつつも止められないその行為。
彼女は湾岸に何を求めているのだろう。
そんな彼女は湾岸で遭遇してしまった。
あの車に。
悪魔のZに。
400馬力の32GT-Rが、古いZにいとも簡単に追い抜かれてしまった。
零奈は、いきつけのチューニングショップである山本自動車の山本にそのことを話した。
そして、抜いていった車がS30Zという旧車であることを知る。
でも、そんな古い車が400馬力のGT-Rを抜くなんて…

湾岸ミッドナイト VOL.1
山本は言った。そんなにも速いなら、
それが もし悪魔のZといわれている車なら…」
アキオの乗る悪魔のZはなかなかの知名度のようである。
後の湾岸ミッドナイトでわかるのだが、山本自動車はかなりいい仕事をするチューニングショップらしい。
アキオはといえば、セットアップしては走り、Zとの関係をますます深めていた。
アキオの視線の先に、ブラックバードがいた。
零奈は、夜な夜な首都高を流しながら、悪魔のZが現れるのを待っている。
そんな中現れた悪魔のZ。
だが、後ろにヘッドライトが見えたかと思うと、あっという間に零奈のGT-Rを抜き去っていった。
見失ったZを一般道で見つけ、零奈は自販機の前にいるアキオに話しかけた。
そして、すきを突いて玲奈は強引にZの運転席に乗って走り去る。
どこまでもアクセルを踏んでいける気にさせるZに導かれ、事故を起こしそうになる零奈。
零奈はそこで、悪魔のZと呼ばれる理由を感じた。
このシーンから、悪魔のZは病的なまでにその気にさせるマシンだということがわかる。
よく車評で、”官能的”という表現が使われる。
官能的というスペックでは現れないジャンルの性能は、確かに車には存在する。
この言葉は本来、性的な欲情という意味を持っているが、おそらく悪魔のZは、とんでもない悪女みたいなものだ。
一度溺れてしまったなら歯止めは効かず、人生をも破壊し尽くしてしまうような女だ。
零奈のGT-Rの乗って追いかけてきたアキオに、零奈は言った。
「近いうちにきっと…あたしのGT-RがこのZの前を走るわ」と。
零奈は山本自動車にいた。
GT-Rのパワーアップを図るために。
零奈は、ますます湾岸と悪魔のZにのめり込んでいく。
もう後戻りはできない。
山本は零奈に
「悪魔のZはブラックバードを搜して湾岸に出てきているみたいだよ」
と伝えた。
悪魔のZを追う以上、必ず近くにブラックバードもいる。
仕事でのグアム帰りに、湾岸線市川PAで山本と待ち合わせた零奈は、そこで600馬力にパワーアップされたGT-Rを受取る。
山本を乗せそのまま湾岸に出るが、悪魔のZのような、その気にさせる何を感じることはできなかった。
そんな中、左車線をとろとろと流している黒のポルシェに遭遇した。
ブラックバードだった。
明らかに何かを搜している様子で。

湾岸ミッドナイト VOL.1
コウちゃんはアキオのバイトするガソリンスタンドに行き、まるで誰かを待っているみたいに連日湾岸をゆっくり流すブラックバードのことをアキオに伝えた。
ブラックバードはアキオを待ち、アキオはブラックバードを待っている。

湾岸ミッドナイト VOL.1
零奈も湾岸で待っていた。
悪魔のZが現れるのを。
気がつけばバックミラーにはブラックバードが映っていた。
アキオも湾岸にでる。
このあたりの演出は非常にうまい。
今の時代便利なもので、SNSを利用すれば、簡単に現在地を不特定多数相手につぶやくことができる。
現代の走り屋たちは、LINEのグループを使っているかもしれない。
湾岸ミッドナイト VOL.1は、1990年頃の作品だからメールさえもないわけだけど、あったところで彼らは使わないだろう。
そういうことじゃないんだよと、やや上から目線で呆れられかねない。
この漫画の正しく読むためには、偶然性に敬意を払う必要がある。
その姿勢を身につけた時、アキオやブラックバードの登場にしびれることができるはずだ。

湾岸ミッドナイト VOL.1
求め合う中で、確実に近づいていく三者。
彼らはなんのために走るのか。
すでに、アキオの悪魔のZは追われる存在になっている。
湾岸ミッドナイトをバトル漫画と評する人がいるが、私にはどうにもそれがしっくりとこない。
勝負においては一度も負けていないブラックバードが、アキオのZを追う構図からも、彼らが欲しているのは勝つことではない。
もっと根幹に触れるために走っている。
アキオやブラックバードは、スピードの果てにあるその根幹のいちばん近くにいる。
だからこそ彼らは求められているのだと。
玲奈とブラックバードのランデブーの先に、低速走行中のアキオが現れる。
ここではじめて三者が交わる。
湾岸を先頭で駆け抜けていく零奈。
一方、華やかな世界に飛び込み、スポットライト浴びる日々。
それと引き換えに失ったものがたくさんある。

湾岸ミッドナイト VOL.1
何かが足りない虚しい時間。
褒められれば褒められるほど、自分じゃない何かになっていく。
いつからこんなにも孤独になってしまったのだろう。
その答えをスピードに託し、ひたすら湾岸をぶっ飛ばす。
悪魔のZに出会い、やっとその答えに辿り着けそうな予感。
600馬力のモンスターマシンを駆って、ブラックバードと悪魔のZを従えている。
人生に彷徨いながらも湾岸を行く。
しかし、まるで零奈の迷いが操作を狂わすように、600馬力のモンスターGT-Rは壁に激突する。
怪我をした零奈にアキオは言う。
「このGT-Rをもし直して もう一度湾岸に来ることができたら その時…少しわかるかもしれないよ」と。
ブラックバード

湾岸ミッドナイト VOL.1
今日も明け方までZと共に過ごしたアキオ。
留年が決まったアキオに、友人はZの処分を勧めた。
確かにZを買ってからアキオの生活は変わった。
バイトに明け暮れ、夜な夜な走る日々。
同級生が卒業し、進学や就職していく中、アキオだけが残された。
そんな中、若い女性担任がアキオのバイト先に現れる。
アキオの新しい担任によって、アキオのプロフィールが語られる場面がある。
名前 朝倉アキオ
年齢 18歳
住所 横浜市中区木下町12−6・・・
成績 良
補導歴 なし
父親 建設会社経営
母親 有名服飾デザイナー
非常に恵まれている。
中区木下町は、山下町のことだろうか。
もし山下町12だとするなら、山下公園の向かいあたりのホテルニューグランド付近か。
ホテルニューグランドは、チャップリンも宿泊した歴史あるホテルである。
東京でいえば、帝国ホテルや、ホテルオークラ、ニューオータニの御三家ホテルと近い位置づけだ。
アキオが昼夜バイトしているところを見ると、裕福ではあるけど、ほいほいと金を出す親ではなさそうだ。
最初の愛車Z31の購入代は、半分はオヤジに借金し、あとはバイトで買ったと1巻の最初でアキオ自身が語っている。
両親ともに忙しく、三年前に離婚しているということは、アキオが中学三年生の頃か。
いつからアキオは一人で暮らしているのだろうか。
いずれにしても、温かく賑やかな家庭で育ったとはいい難いだろう。
担任はアキオの車に乗り込み、学業がおろそかになるほど夢中になっている何かを知ろうとする。
そんな担任の行動に構うことなく、アキオは湾岸にでた。
そこで二人はブラックバードに遭遇するのだが、やっぱりブラックバードも助席に女を乗せている。
私個人は、初期以降の硬派なアキオやブラックバードの方が好みである。
助席に女を乗せたブラックバードはアキオと走る気はなく、大井でUターンして環状線の方へ消えていった。
担任は次に、悪魔のZのアキオと同姓同名の元所有者の妹と会った。
そこで、なぜ悪魔のZと呼ばれているかについてを聞いた。
妹は、兄が乗っていた時から得体の知れない機械以上の何かを感じさせいたこと、最終的にそのZに乗って事故死したこと、その後修理され次から次へと持ち主が変わるたびに事故を重ねていることを話した。
今ではアキオが悪魔のZの魔力に取り憑かれている。
湾岸ミッドナイトの舞台である首都高にも魔力が存在する。
昼の日常と相反する真夜中の世界。
首都高というリアルにおいて、バトルをするという馬鹿げた行為。
一瞬だけクリアーになる瞬間を待ち、負い目を抱え、自分たちを取り囲んだ壁が死を予感させる。
魔法がかかったそんな特別な時間も、朝には何ごともなかったかのように日常に戻る。
担任はアキオを心配し、悪魔のZに乗ることをやめさせようとする。
先生として、女として。
アキオは言う。
「オレはコイツがいいんだ」

湾岸ミッドナイト VOL.1
市川PAから湾岸線に合流し、西へぶっ飛んでいくS30Zと黒のポルシェターボ。
ブースト1.5に上げ引き離しにかかるブラックバード、まったく離されないアキオのZ。
一般者をスラロームしながら新木場を通過していく。
いつもより速く走ろうとしているかのような悪魔のZ。もっとアクセルを踏ませようとアキオを導く。
ここにきて、軟派な要素が排除されたアキオとブラックバードのバトルがはじまった。
先に述べたように、バトルと言っても彼らは勝敗を争っているわけではない。
VOL.1の中で、ブラックバードが悪魔のZと走る理由は語られるのだが、それがさほど重要な要素とは思わない。
誰の目にもわかりやすい走るための動機づけは、彼らを彼らじゃなくしてしまう。
彼らにとって走る理由なんてものは、こじつけでしかない。
作者自身それを排除していくことで、回を進める度に彼らは自分らしくなる。
もっと純粋な場所に、彼らが走る意味があるはずだから。
テスタロッサ
イシダヨシアキは、ウイングつきの白いボディのテスタロッサに乗っている。
毎夜白のテスタロッサは、湾岸で一台の車を搜していた。
イシダは人気の写真家だ。
モデル出身の零奈とは、仕事上の繋がりがある。
だが繋がりは、それだけではなかった。
その日イシダは、自分のために開かれたパーティーにいた。

湾岸ミッドナイト VOL.1
だがイシダの心は、そこにはなかった。
パーティーを抜け出し、駐車場に向かった。
駐車場には、イシダを待っている零奈がいた。

湾岸ミッドナイト VOL.1
零奈も、イシダも、求めているものは同じだった。

湾岸ミッドナイト VOL.1
その車と走ってる時だけは、何もかも忘れて夢中になれるんだ。
今夜はあえそうな気がする。